「そこでぼんやりして、何考えてるの?」
「うわああ! やだあ! 母さんじゃない。もうびっくりした。とつぜん声かけ
ないでよ」
「あら、何度呼んでも返事がなかったんじゃない。何かあったの?」
 私は、ふう〜 と胸をなでおろし、さっき家の前で父さんを見かけたところか
ら、玄関で大の字の父さんを見たところまでを、母さんに説明した。
「おやまあ、そうだったの。父さん家ではこんなだけど、きっと外ではしゃきっ
としていたかったのよ」
 母さんは、いびきをかいて寝ている父さんの方を振り向き、ようすをうかがう
と、
「お酒の匂いはプンプンだし、あの通り酔っぱらい父さんよ」
と私を見た。
「そうよね」  首をかしげて、私はまた父さんをのぞき込んだ。
「確かに酔っぱらい父さんだよね」
でも、頭の中にひらめいた魔法使いのことは、母さんには話せなかった。
「そうだ母さん、何か用だったの?」
「あそうそう、お風呂呼びに来たんだったわ。めぐみが、かほ姉ちゃんと一緒に
入るって待ってるのよ。さ、いそいで」

 次の朝、父さんは昨夜のことなど全くなかったかのように、けろっとした顔で
起きて来た。決まり悪そうな顔など、ぜんぜんしてないの。
「おはよう! 顔洗ったか?」
 大きな声であいさつする父さんに、私たちも
「おはようございます! 洗いました!」 と元気にこたえた。
 朝ごはんは、おはしを用意する者、ごはんと味噌汁をよそう者、できたての目
玉焼きと、サラダの入った皿をお盆に乗せて運ぶ者と、母さんを手伝い、にぎや
かに始まった。
 私は父さんを、ちらっ、ちらっと観察しながら食べたから、味なんかぜんぜん
分らなかった。

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